SSブログ

鄭 大世 【W杯戦士 -PICKUP PLAYER-】 [Player]

tese_top.jpg

ギリシャ戦

 W杯前の国際親善試合、北朝鮮代表は6年前の欧州選手権を制した強豪ギリシャと対戦し、2対2で引き分けた。北朝鮮の2得点を決めたのは、チョン・テセ。言わずと知れた我らが川崎フロンターレのエースストライカーだ。1点目はミドルレンジからの強烈なドライブがかかったシュート、2点目は相手ディフェンダーを見事な足技でかわし、角度のないところからニアにぶちこんだ。いつか等々力で見たかのような既視感のある光景、いずれもテセらしい力強いゴールだった。

 そう、僕らはテセのJリーグデビュー以来数々の素晴らしいゴールをこの目で見ているのだ。北朝鮮とグループリーグで同居するブラジル・ポルトガル・コートジボワールという強豪相手にこの力強いゴールを炸裂させるシーンを想像すると胸が高鳴る。「どうだ、俺たちのテセはすげーだろ!俺たちはいつもこの凄いゴールを等々力で見てるんだぜ!」と世界中に自慢したくなる。日本代表の岡崎や玉田や本田がゴールを決めてももちろん嬉しいと思うが、もしテセがW杯でゴールを決めたなら、それ以上の興奮と喜びを感じることになると思う。なんたって等々力で、アウェイで、いつも一緒に戦っている仲間なんだから。期待してるぜ、テセ。

 ここのところフロンターレローカルな範囲を離れて、テセの露出が多くなっている。つい先日も全国ネットのスポーツニュースである「すぽると」や「ZERO」でテセの特集が組まれたほどだ。これまでもJリーグに所属する選手がW杯に出る機会は多々あったが、ここまで注目を集めた日本代表以外のJリーガーW杯選手は初めてではないだろうか?一つにはテセのキャラクターもあるだろう。何より話が面白い。豊富な語彙で表現するし、自分の容姿をオチに使ったり話術に長けている。とかく優等生的な発言をするスポーツ選手が多い中で、本音ギリギリで話してくれる。テレビ番組的にも旨みが多いのだと思う。

 でも、一番の要因は彼の出生だろう。彼は”ザイニチ”のJリーガーなのだ。



北朝鮮という国

 北朝鮮代表は大多数の選手が北朝鮮の軍隊のサッカー部のメンバーだという。その中にテセやアン・ヨンハ(大宮)のような在日プレイヤーやロシアリーグでプレイしている海外組を組み合わせているとのことだ。

 ”ザイニチ”、在日韓国・朝鮮人。ここではその歴史的背景や昨今の事情を語ることはしない。語れない。テセのバックグラウンドを語るには僕には知識が無さ過ぎる。大多数の日本人がそうであるように、僕にとってさほど身近な存在ではなかった。ドラマ・映画や小説の世界で少し垣間見る程度(小説「GO」や、中学生時代に見た「1970ぼくたちの青春」)、学生時代にチマチョゴリを街で見かけたことがあるくらいだ(地元には朝鮮学校があった)。あとはネット上にあふれる、過激な差別発言のいくつか。いずれにせよ、いわゆるアウトサイダー的な存在であり、正直な気持ち、あまり深く考えてはいけないようなことだと、政治的には無思想な僕は感じていた。

 北朝鮮という国で言えば、ニュースで報道される拉致事件や核保有というあまり明るくない話によりネガティブな印象を持っていたのは当然だった。サッカーでは、90年代後半から00年代初頭にかけてはアジアの戦いに参加していなかったが、ドイツW杯最終予選で日本と対戦。ホームの埼スタでの大黒決勝ゴールの狂喜よりも、中立地タイで行われたアウェイ戦での終了間際のラフプレイの印象が強い(必死になだめていたのは在日Jリーガーのリ・ハンジェだった)。やはり謎めいた、恐ろしい国だという印象を持ったことを記憶している。

 そしてそのドイツW杯予選で戦った2005年のオフ、川崎の新加入選手として発表されたのが、愛知県生まれ・朝鮮大学校出身のフォワードだった。朝鮮学校ということは、北朝鮮?あの謎の北朝鮮?そんな選手を獲得して、クラブとして何かリスクを抱え込むことは無いか?今思うと全く持って失礼というか、無知の極みだったわけだが、その獲得は僕にとって幾分ネガティブな印象を持ったものであったことは、告白しておこう。



苦難の2006年

 テセ自身が語っているように、テセは学生時代に爆発的な活躍をして各クラブから注目されるような存在だったわけではないようだった。たまたま試合を観ていた代理人が目を付け、関東圏の各クラブに売り込み、ようやく獲得のオファーが来たのが、川崎(と当時J2の湘南)だけだったということらしい。そのため、どんなプレイヤーなのかは未知数。そもそも当時フロンターレのFW陣には、エース・ジュニーニョ、人気者・我那覇、スピードスター・黒津、ユースからの生え抜きの大型FW・都倉と、質量とも充実の体制で、そこに新人FWが入り込む余地は無いように思えた。

 テセ本人はそう思っていなかったようだ。僕も昨今の書籍を読んで知ったのだが、大卒であるテセは初年度からバリバリのレギュラーでやることを熱望していたようだった。ところが、幸か不幸かテセのルーキーイヤーである2006年はレギュラーFW我那覇の当たり年(ガナの活躍は隔年というのが当時の法則であった。。)。開幕戦のハットトリックをはじめとし、日本代表にも選出され更に腕に磨きをかけた我那覇は、その年の日本人得点王にもなった。もちろんエースジュニーニョも絶好調。テセの出番は途中出場に限られた。あのJリーグ初得点となる鹿島戦でのゴールシーン、ゴール後何故あそこまで感情を昂らせて喜びを爆発させていたのか、当時は全く理解できなかったが、限られた出場機会の中で結果を出せないフラストレーションの中での初ゴールだったというわけだ。

tese_11.JPG
僕のカメラが初めてテセを捉えたのは、この一枚。
6月のナビスコ準々決勝浦和戦@等々力の試合終了後。
レッズを破った歓喜の中、この日も終了間際1分の出場であり
幾分歓喜に乗り切れていない表情が感じ取れる。

tese_12.JPG
この年、テセはリーグ1得点、天皇杯2得点。
上述のリーグ鹿島戦の初ゴールの次は天皇杯鳥栖戦でのゴールだった。
僕はゴール裏で見ていたのだが、ゴール直後、例のバック転パフォーマンス。
あっけにとられて撮影できず、その後の歓喜のシーンである。



Tese gotta chance!

 なかなか試合に出られないルーキーイヤー、移籍も考えていたらしい。ところがひょんなところからチャンスが来た。いや、来てしまった。それをきっちり掴んだ。テセにとっては幸運だったのだが、サポとしては複雑なテセのブレイクだった。

 川崎が初めて挑戦したACL、4月25日、ホームでの全南戦。テセはスタメンに名を連ねた。その直前の埼スタでの浦和戦で今季初ゴールを決めた我那覇の代わりである。例の”にんにく注射”騒動だ。今考えると全く濡れ衣もいいところだったのだが、我那覇の出場自粛の伴い巡ってきたテセのスタメンだった。その試合で2得点。続くリーグ千葉戦でも1得点。この活躍でテセは、出場自粛から復帰してくる我那覇、そして黒津とスタメンの座を争う存在までにのしあがってきたのだった。

tese_13.JPG
我那覇の欠場のショックが大きかったが、
テセにとってはターニングポイントとなった全南戦。

 そこから夏場にかけてジュニーニョの相棒は、我那覇・黒津・テセが入れ替わり起用された。出場記録を見直してみると、6月の末にテセはベンチにも入っていない期間がある。そのとき、テセは北朝鮮代表に選出され、東アジア選手権の予選を戦うためチームを離脱していた。そこでテセは8得点の活躍を見せ、北朝鮮代表の主力にのしあがる。(この活躍の裏には北朝鮮代表を得るための様々な手続きがあったのだが、これについては文末の書籍を参照)

 確実にスタメンの座を確保したのは、夏場の活躍だろう。マリノス・清水・ガンバの3連戦で4得点。特にガンバ戦の得点は圧巻であった。今でもテセの歴代ナンバーワンゴールの呼び声高い、ガンバのディフェンダーを3人なぎ倒して決めたあのゴールである。あのシーンは昨今のテセ特集の映像でも必ず取り上げられる。(YouTubeで映像を探してみたが、見つからず・・・残念)

tese_14.JPG
そのゴールシーンの直後。

tese_15.JPG
ナビスコ決勝でガンバに敗れ、大粒の涙を流す。
涙もろいのは当時から。

 結局、その年はリーグ戦24試合出場12得点、ACL・ナビスコでそれぞれ2得点、天皇杯では3得点。得点王のジュニーニョに次ぐ大活躍であった。



J最強ストライカー、そしてW杯へ

 2008年も2009年も得点を量産。我那覇は08年オフに神戸へ移籍し、09年に清水から移籍してきた矢島も寄せ付けず、完全に川崎を、いやJリーグを代表するストライカーとしての地位を確立した。

tese_16.JPG
スパイクの色でも楽しませてくれる。
そういえば、この年、ファン感でテセのお母さんと話したのも思い出。
その翌週に西京極でお見かけして、また話せたのも思い出す。

tese_17.JPG
2008年はジュニーニョが不調の中でも安定して得点を量産。
終盤戦のガンバ戦・神戸戦でも貴重なゴール。
この年得点ランク3位。

tese_18.JPG
2009年からは本人も熱望していた背番号9を背負う。

tese_19.JPG
ワールドクラスのスーパーゴール、鹿島戦での絶叫。
(あの豪雨中断試合)

tese_20.JPG
リーグ最終戦の柏戦でも貴重なゴール。

 そして、リーグ戦の合間に北朝鮮代表として南アフリカ大会の予選を戦う。幸か不幸か日本と同組になることはなかったが、隣国韓国とは三次予選も最終予選も同組。韓国でもその名を知られるようになり、あのパクチソンともCMで競演しているらしい(見てみたい)。そして韓国・サウジアラビア・イランという強豪と同組の苦しい戦いの中、最終予選を2位で突破、ついに北朝鮮は44年ぶりにW杯への切符を手にした。

 駆け足でテセが過ごした川崎での4年の日々を振り返ってきた。4年もの時を共に過ごせば、もう立派な仲間である。テセが何と思っていようが、我々は仲間である(笑)。あの2005年オフのときに感じた、テセ加入によるネガティブな印象というのはほとんど振り払われたと思う。



テセと僕ら

 テセの存在で”ザイニチ”という存在がそんなに遠いものと思わなくなった最近、「パッチギ」という映画を観た。60年代の京都を舞台に、在日朝鮮人の女の子(演じているのは若き日の沢尻エリカだ)に恋する日本人の高校生の話だ。その作品の中で、在日のお年寄りが日本人の主人公に向けて言った一言が、勝手に彼らを身近に感じていた僕の頭をガツンと殴った。

「お前は何を知ってる?一つも知らんやろ。出てってくれ!」
「帰れ。お前にはいて欲しくない!!」

 日本と北朝鮮の間には歴史的・政治的な大きな溝があることは今でも事実だ。僕はあまりにも無知すぎる。

 だが、僕らはスタジアムという”日常の”空間でテセと”一緒に”戦ってきた。我々はテセに声援を送り、時にはふがいないプレイに苦言を呈し、ゴールすれば熱狂する。テセもゴールを決めれば、僕らが歓喜に沸くスタンドに向けて笑顔で走ってきてくれる。

 2010年開幕2戦目、テセの故郷愛知県は豊田市での名古屋戦。2-2で迎えた後半43分に生まれたこれまたテセらしいスーパーゴール。そのときの様子を「BIG WORLD」ではこう書かれている。

大世は咆えた。
ゴール裏のサポーターに向かって走って行きながら頭の血管が膨らむ。
サポーターが涙目になってこちらを見ているのがわかった。

「BIG WORLD」森雅史

tese_21.JPG

 やっぱり僕らの思いはテセに通じているのだ。僕もあの終了間際のゴール、熱狂して涙を流しそうになった。テセと一緒に戦っているからだ。

 そう、僕らは”知っている”。テセの凄すぎるプレー、目立ちたがり屋なところ、お茶目な言動、泣き虫なところ。

 ・・・ところが、テセ本人はあっけらかんとしたものだった。

「ワールドカップでゴールを決めたら、
むちゃくちゃ取り上げられるだろうし、目立つでしょうね。
ヨーロッパとか世界進出への扉も開かれるかもしれない。
そしたら、オレ、何人と思われるんだろう?
ヨーロッパの人たち、ザイニチってわかりますかね?
わからなかったら教えればいいか…」

「祖国と母国とフットボール」慎武宏

 ニコニコしながら笑顔で話すテセの顔が目に浮かぶ。こんなところもテセの魅力だ。

 日本と北朝鮮の間には色々と難しい問題があるのは確かだ。だが、W杯では思いっきりテセを応援しよう。日本代表を、憲剛を、稲本を、川島を応援するのと同じくらい、テセを応援しよう。テセがゴールを決めたらいつものようにテセのチャントを唄おう。その歌声、その気持ちがきっとテセに届くはずだと信じて。


世界中にさだめられた どんな記念日なんかより
あなたが生きている今日は どんなに素晴らしいだろう
世界中に建てられてる どんな記念碑なんかより
あなたが生きている今日は どんなに意味があるだろう
見えない自由が欲しくて 見えない銃を撃ちまくる
本当の声を聞かせておくれよ
テーセ ゲットゴール テーセ オオオオー
テーセ ゲットゴール テーセ オオオオー


tese_22.JPG
鄭 大世(ちょん・てせ) 1984年3月2日生まれ 愛知県出身
181センチ 80キロ B型 ポジション:FW


テセ・オフィシャルブログ
http://ameblo.jp/jongtaese9/


大世―チョンテセBIG WORLD

大世―チョンテセBIG WORLD

  • 作者: 森 雅史
  • 出版社/メーカー: 小学館クリエイティブ
  • 発売日: 2010/05
  • メディア: 単行本


テセ本です。


祖国と母国とフットボール ザイニチ・サッカー・アイデンティティ

祖国と母国とフットボール ザイニチ・サッカー・アイデンティティ

  • 作者: 慎武宏
  • 出版社/メーカー: 武田ランダムハウスジャパン
  • 発売日: 2010/03/18
  • メディア: 単行本


個人的にはテセ本よりこちらが好き。
第一章にテセのエピソード、他にもリャン・ヨンギやアン・ヨンハや
パク・カンジョなどの在日Jリーガーたちが語られます。
最後は在日ながら日本国籍を選んだ李忠成。その悲壮な覚悟に心打たれます。


GO

GO

  • 作者: 金城 一紀
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2000/03/30
  • メディア: 単行本


「GO」


1970ぼくたちの青春 [VHS]

1970ぼくたちの青春 [VHS]

  • 出版社/メーカー: フジテレビ
  • メディア: VHS


「1970 ぼくたちの青春」
2時間ドラマ。撮影されたのが僕の故郷ということで思い出深い作品。
残念ながら手に入れるのは困難なようですが、YouTubeで一部見ることができます。
若き日の筒井道隆が在日の高校生を演じていました。
彼の「俺、日本人じゃないんだ」という告白が印象的でした。
http://www.youtube.com/watch?v=ZEhijIGUceA


パッチギ! (特別価格版) [DVD]

パッチギ! (特別価格版) [DVD]

  • 出版社/メーカー: ハピネット・ピクチャーズ
  • メディア: DVD


「パッチギ!」
nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。